山尾 孝雄(やまお たかお、1941年2月13日 - 2018年12月9日)は、大阪府大阪市出身のプロ野球選手(外野手。右投右打)。引退後は、実業家、野球解説者。

来歴・人物

プロ入り前

明星高等学校では投手、卒業後は同志社大学に進学する。関西六大学野球リーグでは、エースとして1960年春季リーグで優勝。同年の全日本大学野球選手権大会は、決勝で法大の山崎正之、新山彰忠と投げ合い、延長14回の末に敗れ準優勝に終わる。1961年に肩を故障するが、翌年には復活した。リーグ戦通算55試合登板、24勝10敗、防御率1.19、182奪三振。

プロ入り後

1963年に阪神タイガースへ入団しプロ入り。右の本格派と期待され、7月7日には広島を相手に初先発、5回を1失点と好投する。同年の第1回ジュニアオールスターゲームに投手として選出された。その後も2試合に先発するが、早々に打込まれ降板。

翌1964年から外野手に転向し、3試合に先発出場。この年のジュニアオールスターには野手として出場した。1966年にはプロ初本塁打を放つ。1969年には強肩俊足を買われ一軍に定着、47試合に先発した。翌1970年には、6月後半から故障の藤井栄治に代り一番打者、中堅手の定位置を確保する。翌1971年もレギュラーとして起用され74試合に先発、うち7試合は四番打者にも抜擢された。しかし打撃面では今一つ伸び悩み、翌1972年は望月充の入団もあって出場機会が急減。同年限りで現役引退。

現役引退後

大阪食品化学株式会社に就職し、後に社長にも就いた。また、その合間を縫って1980年代には読売テレビ(YTV)の野球解説者を務めていた。

詳細情報

年度別打撃成績

年度別投手成績

背番号

  • 14 (1963年 - 1965年)
  • 21 (1966年 - 1972年)

関連情報

出演番組

  • 日本テレビ系列プロ野球中継 - 1980年代当時、読売テレビ制作分にて解説を担当(原則関西ローカルのみ。日本テレビ系列全国ネットの中継は村山実・川藤幸三が担当)。
  • 『サンデースポーツ9』(日本テレビ系列。1983年9月11日 - 1984年9月30日、日曜21:00 - 21:54放送) - 関西本拠地球団主催試合ハイライト担当の解説者として、読売テレビのスタジオから出演。

脚注

注釈

出典

関連項目

  • 大阪市出身の人物一覧
  • 同志社大学の人物一覧
  • 阪神タイガースの選手一覧

外部リンク


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